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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)7338号 判決

原告・反訴被告(以下単に「原告」という)

ナカバヤシ株式会社

右訴訟代理人

野玉三郎

右輔佐人弁理士

古賀貢

被告・反訴原告(以下単に「被告」という)

春日製紙工業株式会社

右訴訟代理人弁護士

北山陽一

右輔佐人弁理士

岩瀬真治

主文

一  被告は、原告が別紙目録(一)記載のアルバム台紙を製造販売することにつき、被告の有する登録第一二八九〇九一号の実用新案権に基づき、その差止を求める権利を有しないことを確認する。

二  被告は日本経済新聞、日経産業新聞及び日刊工業新聞の各全国版に各一回ずつ、別紙目録(二)記載の文案により標題及び当事者双方の社名と被告代表取締役名は四号活字、その他の部分は五号活字を使用した広告を掲載せよ。

三  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告の負担とする。

六  本判決は、第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告が別紙目録(一)(ただし、説明中「上下縁部2を除き台紙1の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し、その際上下縁部2にも同じ不乾性接着剤3が薄く付着し」を「上縁部及び下縁部を余白部とし、該余白部を除き台紙の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し」と訂正する。)記載のアルバム台紙を製造販売することにつき、被告の有する登録第一二八九〇九一号の実用新案権に基づき、その差止を求める権利を有しないことを確認する。

2 主文第二、三、第六項と同旨。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は、別紙目録(三)1、2記載の物件を製造し、又は販売してはならない。

2 原告は前項の各物件を廃棄せよ。

3 原告は、被告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年一月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は原告の負担とする。

5 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被告は次の実用新案権(以下これを「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有している。

考案の名称 写真・スクラップ用台紙

出願 昭和四五年九月二一日(実願昭四五―九二九三七)

公告 昭和五三年七月一〇日(実公昭五三―二七〇六三)

登録 昭和五四年五月三一日(第一二八九〇九一号)

実用新案登録請求の範囲

「厚紙に原紙の上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布し、該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して該厚紙にフィルムを被覆してなる写真・スクラップ用台紙。」

2 本件考案の構成要件等は次のとおりである。

(一) 構成要件

(A) 厚紙に厚紙の上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布し

(B) 該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布し

(C) 該厚紙にフィルムを被覆する

(D) 写真・スクラップ用台紙。

(二) 技術水準

糊、コーナー等を使用せず写真等被貼着物を貼着できる写真アルバム用台紙において、厚紙の上面の一面に接着剤を塗布し透明フィルムで被覆すること(特公昭三三―一〇七二五号公報)、厚紙に多数の条線を浮出して配列し、この条線に不乾性接着剤を塗布し、この上面に透明のエンビフィルムを仮着せしめること(実公昭三五―一二二三四号公報、同昭四二―一一二三八号公報)、また右の構造ではフィルムが厚紙に接着して剥離し難くなるため、厚紙の表裏両面の上縁端部もしくは下縁端部に略一センチメートルの接着剤不塗着部分を設けてフィルムの開閉をスムーズにすること(特公昭四四―二二〇一三号公報)、更には右厚紙の上下縁部にほぼ等しい幅をもつ余白部を残して他の全面に接着剤を塗布すること(実公昭四四―二四〇一七号公報、同昭四五―一五五二九号公報)は本件考案出願前公知の技術であつた。

(三) 作用効果

本件考案は、実用新案公報の考案の詳細な説明の項の記載によれば、従来の単に厚紙に上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布して透明フィルムを仮着被覆しただけでは、厚紙に不乾性粘着剤を塗布した後に加熱乾燥する際に厚紙の不乾性粘着剤の非塗布部と塗布部とでは厚紙の含水量が異なるので、非塗布の上下縁部は過乾燥となり、塗布部は適度に乾燥され、そのためこの厚紙に透明フィルムを仮着被覆した台紙は反つたり波打つたりして台紙の製品価値が低下する欠点がある。更に、この従来の台紙では厚紙の上下縁部の余白部は透明フィルムで密着した状態で被覆していないために厚紙の上下縁部の余白部に比較的自由に外気が接して倉庫に保管、又はアルバムとしての使用時に過乾燥になつたり、高温度の所では水分を吸収したりして台紙が更に反つたり波打つたりし、或は不乾性粘着剤の変化や老化による変色、軟化等の欠点がある。そこで、本件考案は右の欠点を解消することを目的とし、厚紙の上下縁部に粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布した点に特徴を有するのである。

そこで、本件考案は前記の構成要件とその組合せにより、従来の台紙の欠点を解消したばかりでなく、更に台紙の上下縁部の粘着力を中央部より小さくしたので、台紙に写真などを出入れする際にフィルムを容易に剥離することができるのである。

3 原告は昭和四六年から別紙目録(一)(ただし、説明中「上下縁部2を除き台紙1の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し、その際上下縁部2にも同じ不乾性接着剤3が薄く付着し」を「上縁部及び下縁部を余白部とし、該余白部を除き台紙の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し」と訂正する。)記載のアルバム台紙(以下「イ号物件」という)を業として製造販売している。

4 右のとおり、イ号物件は厚紙1の上下縁部を余白部とし、この余白部には不乾性接着剤を塗布していないのであるから、本件考案の構成要件(B)を欠いている。

本件考案は、厚紙の上下縁部を除いて線状に塗布した普通の粘着力を有する不乾性接着剤とは別の、これより粘着力が小さい不乾性接着剤を右の上下縁部に塗布しなければならないので、この工程だけの構造を装置に付加しなければならず、普通の粘着力を有する不乾性接着剤とは別の不乾性接着剤を必要とし、製造にあたつても余分の手間がかかるのである。また、粘着力が小さいといつても、台紙の上下縁部とフィルムとが常に密着しているため、写真を貼着したり交換するときフィルムの剥離が困難であるという欠点を避けることはできない。そのため、被告は本件考案について実用新案の登録を受けただけで、本件考案を実施したアルバム台紙を製造してはいないのである。

アルバムの台紙において、写真を貼着したり交換するとき、フィルムを如何に容易に台紙から剥離できるようにするかが業界の追求目的の一つであり、イ号物件は上下縁部を余白部とし、ここに不乾性接着剤を塗布していないため、この上下縁部ではフィルムが台紙と密着することはなく、写真を貼着したり交換するときなどフィルムの剥離が極めて容易である。

このように、イ号物件は、本件考案の構成要件(B)を具備せず、かつこれによつて右のとおり作用効果においても大きな差異があるので、本件考案の技術的範囲に属しないことは明らかである。

5 もつとも、イ号物件においても、上下余白部を除き台紙の上面に不乾性接着剤を線状に塗布するものであるから、その製造工程で、線状部以外(上下縁部と線と線の間)に右不乾性接着剤の付着を排除するようになしてはいるものの、なお出来上りにおいて右上下縁部や線と線の間に不乾性接着剤が僅かに浸潤することは避けられないところ、被告は、右浸潤をもつて本件考案の構成要件(B)を充足すると主張するのである。しかし、右被告の主張は理由がない。すなわち、

(一) 本件考案は、厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さな不乾性粘着剤を塗布すること、換言すれば厚紙の上下縁部に塗布する不乾性粘着剤が中央部に塗布する不乾性粘着剤の粘着力より小さいことを必須の要件とするものであつて、粘着剤塗布後における中央部と上下縁部との粘着力の大小を構成要件とするものではない。

このことは、本件公報中において、本件実用新案登録請求の範囲のみならず、考案の詳細な説明の項の随所(第一欄の一六ないし二〇行、第二欄九ないし一一行、第二欄一四ないし一七行、二一ないし二四行、二五ないし二七行、三一、三二行、第三欄三、四行、九、一〇行)にその旨の文言を記載して、本件考案の目的、構成及び効果のいずれにおいても厚紙の上下縁部に粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布することが特徴であり必須の要件であることを明示している。

仮に、台紙の粘着力の大小だけが本件考案の構成要件であるならば、前記公報におけるような記載を必要とせず、登録請求の範囲にも、例えば「厚紙に塗布した不乾性粘着剤の粘着力が上下縁部において中央部よりも小さい厚紙にフィルムを被覆してなる写真・スクラップ用台紙。」と記載すれば足ることである。

(二) また、同一の不乾性粘着剤を塗布するとき粘着剤の濃淡な粘着剤層の厚さで粘着力に差が生ずることは公知の事実であり、このようなことにより中央部と上下縁部の粘着力に大小を生じさせるがごときは新規な考案というを得ない。それ故にこのような公知の技術をも包含する本件実用新案出願当時の「薄めた不乾性接着剤」(甲第八号証)及び「接着力を弱めた不乾性接着剤」(甲第一〇、一一号証)との補正では登録を拒絶され、審判において更に「粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して」と限定することにより登録されるに至つたことからも右のことは明らかである。

(三) 実用新案における考案とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり、技術とは一定の目的を達成する手段として自然法則を合理的に利用する方法であり、これによつて技術的効果を生ずるものでなければならない。

本件考案における「厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布する」技術は、公報に記載されている目的を達成する手段として、同記載の効果を生ずべく右の不乾性粘着剤を積極的に塗布することであり、上下縁部の余白部にフィルムの密着を目的とせず、中央部に不乾性粘着剤を線状に塗布する工程における不可避な浸潤は、続く加熱乾燥工程において乾燥し粘着力が消滅してフィルムを密着する効果を生じないのであつて、かかる現象は、実用新案法における技術というをえないものである。

(四) 本件考案出願前におけるイ号物件製造方法において、不乾性接着剤を細い線状に塗布する工程において吸湿性に富む厚紙の上下縁部にこの不乾性接着剤が僅かに浸潤することは不可避の現象であつて、この程度の浸潤は続く加熱乾燥工程で乾燥し粘着力が消滅してフィルムを密着する効果を生じないことも公知の事実であつた。

(五) 上下縁部の浸潤をも「塗布する」というのであれば、イ号物件は同一の不乾性接着剤を厚紙の全面に塗布し、これにフィルムを被覆してなる写真用台紙であるから、これは明らかに特公昭三三―一〇七二五号公報(甲第二号証)の発明の技術的範囲に属するものであつて、右特許と考案を異にするため登録された本件考案の技術的範囲に属しないことは明らかである。

6 先使用(予備的主張)

原告は昭和四三年ころからイ号物件を被告を含む台紙専門メーカーから購入していたが、自社においてもイ号物件を製造すべく昭和四四年五月八日アルバム台紙製造設備の仕様書を岡崎機械工業株式会社に交付して見積を依頼し、同社から右仕様書に基づく見積書の提出をまつて同年六月一一日L・Cラミネータ(アルバム台紙製造設備)の製作販売契約を締結した(甲第二三号証)。右製造設備(一号機)は遅くとも昭和四五年一月には原告の工場に組立、据付を終えて試運転に入り、同年二月には生産に入つている。

したがつて、仮にイ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとしても、実用新案法二六条が準用する特許法七九条により先使用による通常実施権(先使用権)を有するものである。

7 原告は事務用並びに日用文房具、紙製品特にアルバムの製造販売等を業とし、被告は原紙、紙製品、アルバム台紙の製造販売を業としており、両者は競争関係にある。

8 被告は原告の取引先多数に対し原告が製造販売しているアルバムの台紙(イ号物件)が本件考案の技術的範囲に属するとして、右アルバムの販売を直ちに中止すること等を昭和五八年四日付内容証明郵便による通告書をもつて警告した。

しかるに、前述のとおり、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属しないから、右記載内容のうちこれを技術的範囲に属するとした部分は虚偽であり、これによつて原告の営業上の信用が害された。

9 被告が原告の取引先に対しかかる警告を発するためには、本件考案の技術的範囲、原告が製造販売しているアルバム台紙の構造、さらにはこのアルバム台紙が本件考案の技術的範囲に属するかどうかを十分に検討のうえ、技術的範囲に属することについて高度の蓋然性を有すると信じた後においてなされるべきものであり、これらの注意義務も尽さないで漫然かかる警告を発するがごときは明らかに原告の名誉と信用を毀損し、営業を妨害するものである。

原告は、「フエルアルバム」の商標のもとアルバム業界においては周知、著名な会社であり、名誉と信用は極めて高いのである。しかるに、被告の前記取引先に対する通告によつて、原告が被告の有する本件実用新案権を侵害するアルバム台紙を用いたアルバムを製造販売しているかの如き印象を取引先多数に与え、右警告を撤回するよう求めているにも拘らず被告はこれに応じないため、原告の名誉と信用は著しく毀損され、これを償うためには五〇〇万円の支払と謝罪広告の掲載が必要である。

よつて、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属しないにもかかわらず被告が争うので、原告がイ号物件を製造販売することにつき被告が本件実用新案権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求めると共に、不正競争防止法一条ノ二第三項に基づき、被告に対し、請求の趣旨掲記の謝罪広告の掲載及び同法一条ノ二第一項、一条一項六号に基づき損害金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後で、本訴状送達の日の翌日である昭和五八年一〇月二七日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の各事実は認める。

2 同3の事実のうち、原告がイ号物件を業として製造販売していることは認めるが、その構成、図面は別紙目録(三)のとおりに表示すべきである。イ号物件の上下縁部には不乾性粘着剤が塗布されている。

3 同4は否認する。

4 同5の冒頭の主張は否認し(イ号物件の上下縁部の粘着剤は浸潤しているだけではない)、その余は争う。

5 同6は争う。

6 同7の事実は認める。

7 同8の事実のうち、被告が通知書を出した点は認め、その余は争う。

8 同9は争う。

三  被告の主張

1 イ号物件(別紙目録(三)1記載のとおり)は本件考案と同じ写真・スクラップ用台紙であり、別紙目録(三)1ないしは本件考案の構成要件(A)ないし(C)をそれぞれ充足し、本件考案と同一の作用効果を有するものであるから、その技術的範囲に属するものである。

2 原告はイ号物件の上下余白部に不乾性粘着剤を塗布しないと主張するが、事実は塗布しているのである。すなわち、

(一) イ号物件の上下縁部に粘着力を有する粘着剤が塗布されていることは乙第五ないし第七、第一一号証の各試験結果から明らかである。

(二) しかして、右上下縁部にも粘着剤を塗布するためには、従来の、上下縁部を余白部とし、中央部に粘着剤が線状に塗布されていたアルバム台紙の製造に際して、グラビアロールとドクターロールとの間隔をせばめてグラビアロールの溝(線状に対応する)に入つた粘着剤のみを厚紙に転写塗布して余剰の粘着剤はドクターロールでかき落す様にしていたのを、同一の機械のままでも、グラビアロールとドクターロールの間隔を広げて、グラビアロールの溝の中に入つた粘着剤以外の粘着剤も厚紙に転写塗布するようにすればよく、かつそうすることによつて、グラビアロールの溝の部分は他の部分より多く粘着剤が転写塗布され、結果的に上下縁部の粘着力が中央の線状部分の粘着力より小さい本件考案の実施品が得られるのである。被告も従来は前者の方法で上下縁部を余白部としたものを製造していたが、本件考案の出願後その実施品を得るため後者の製造方法に移行している。

(三) 原告においても、当業者として、ドクターロール或いはドクターナイフがグラビアロールの溝に入つた以外の粘着剤を除去するためのものであることは充分承知のはずだし、事実、ドクターロールでもつて余剰粘着剤を完全にぬぐい去ることは可能である(新・紙加工便覧、乙第八号証一六一頁参照)。一方、検乙第一号証(グラビアロールとドクターロールとの間隔を零にした場合の写真)ではドクターロールで余剰粘着剤をぬぐい去つたグラビアロールの溝及び上下縁部が明りように見えているのに、イ号物件の製造工程の写真である検甲第五ないし第七号証をみれば、ドクターロールを経て後のグラビアロールに白色の粘着剤がたつぷりと付着し、その量も検甲第四号証に見るとおり押圧ロールで粘着剤を厚紙に転写した後もグラビアロールの端部にあふれる程である。

右(一)ないし(三)の事実を総合すれば、原告が右(二)記載の方法で故意に上下縁部に粘着力を塗布していることは明白である。

3 しかして、本件考案の構成要件(B)は原告主張のように、「厚紙の上下縁部には、中央部に塗布する粘着剤より粘着力の小さい粘着剤を塗布するという製造方法が取られていること」を必須の要件とするものではなく、「製造された台紙の上下縁部の粘着力が中央線状部のそれより小さく仕上つていること」のみを要件としていることは左記のとおり明白である。

(一) まず原告の主張は実用新案法二六条において準用する特許法七〇条の解釈を誤るものである。

すなわち、本件考案の請求の範囲中の「該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して」との記載は製造方法の記載であり、これを考案構成の要旨とすることはできず、権利範囲を右記載の手段方法に限定すべきものではない(最判昭五六年六月三〇日民集三五巻四号八四八頁)。

(二) 次に原告は、本件考案の出願審査経過に言及して、あたかも被告がクレームを限定したかの様に言うが、失当である。

右審査経過は次のとおりである。

出願時の実用新案登録願(甲第八号証)の実用新案登録請求の範囲では、「該厚紙の上下縁部に薄めた不乾性接着剤または老化防止剤を入れた不乾性接着剤を塗布して」と記載されていた。

これに対して、本件考案は、実公昭四五―一五五二九号公報(甲第七号証)の考案と同一である旨の拒絶理由通知書(甲第九号証)が出された。

しかし、右引用例は、実用新案登録請求の範囲に「上下縁部にほぼ等しい幅tをもつ余白部3・3′を残して」と明記されているので、被告は「本件考案は厚紙の上下余白部に薄めた不乾性接着剤または老化防止剤を入れて接着力を弱めた不乾性接着剤を塗布した点に特徴を有するものであるのに対して、引用例には……厚紙の上下縁部に余白部を単に設けた台紙が記載されているだけであるから、両者は明らかに構成が相違する。」との意見書(甲第一〇号証)を提出し、

手続補正書(甲第一一号証)でもつて、上下縁部の接着剤の接着力が中央部の接着力よりも弱いこと及び従来品の上下縁部が余白部であつたことを鮮明にする為の補正をなした。

しかるに、これに対する拒絶査定(甲第一二号証)は、「アルバム台紙に使用する接着剤に老化防止剤を配合することは従来より周知である。(例えば実公昭四二―一一二三八号公報―甲第四号証―参照)」というものであつた。

そこで被告は審判を請求すると共に、登録請求の範囲の「薄めた不乾性接着剤または老化防止剤を入れた不乾性接着剤」の表現を、手続補正書(甲第一三号証)でもつて、「粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤」と改めた。

右補正によつての拒絶査定は取消す旨の審決(甲第一五号証)がなされ、本件考案は実用新案権として登録されたのである。

右審査経過によれば上下縁部の粘着剤の記載については、

「薄めた不乾性接着剤または老化防止剤を入れた不乾性接着剤」

「薄めた不乾性接着剤または老化防止剤を入れて普通の不乾性接着剤よりも粘着力を弱めた不乾性接着剤」

「粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤」

と変わつており、右変遷の過程を見れば、出願時よりもクレームを限定しているとの原告主張が誤つており、上下縁部にどのような種類の粘着剤を塗布するかが問題ではなく、結果的に上下縁部の粘着力が中央部より小さければいいというのが本件考案の本質であつて、その点に新規性・進歩性を有するものとして権利付与されたことは明らかである。

4 先使用権の主張について、

(一) 前記のとおり、本件考案の技術的範囲に属するものを製造するか、上下縁部を余白部とするに止めるかは、一台の機械でグラビアロールとドクターロールの間隔を調整することによつて変更可能であつて、原告主張の設備においても新旧いずれでも製造可能なのであるから、右設備の導入時を証明してみてもそれをもつて本件考案の実施又は準備をしていたことにはならない。

(二) 原告は、先使用の時期として、イ号物件の製造開始時期を昭和四五年二月と主張するが、右は被告において原告の訴状における昭和四六年から製造を始めた旨の主張を認めた(答弁書)後、第一回準備書面の陳述によつて言い出されたものである。しかし、本件考案の出願日が昭和四五年九月二一日であるから、右訴状の記載は先使用に関する主要事実の自白にあたり撤回はできない。仮にそうでなくとも、原告のイ号物件製造開始時期の主張は二転、三転し全く信用できない。

四  原告の反論

1 現在被告の粘着剤塗布工程が主張のとおりであるとしても、それは本件考案の実施品を製造する工程ではない。同質の粘着剤を塗布するとき、ドクターローラーとグラビアローラーの間隔を広げることにより、上下縁部に同質の粘着剤の薄い層が形成されるがごときは、何らの考案を必要とせず、新規性も進歩性もないのであるから、かかるものが実用新案として登録されることはない。

したがつて、被告主張の粘着剤塗布工程は本件考案を実施するものではない。

2 イ号物件の上下縁部の余白部は、剥離強度試験の結果(甲第二七号証)からも明らかなとおり、フィルムが常に台紙に密着するほどの粘着力を有していない。

乙第五、六号証の試験報告書によると、イ号物件の上下縁部の余白部には中央部と同一の不乾性接着剤が浸潤していることが分り、イ号物件の厚紙の上下縁部には粘着力が中央部の線状に塗布した不乾性接着剤より小さい不乾性接着剤を塗布したものでないことをかえつて証明するものである。乙第七号証の試験方法は試験片の片面より紙の表一層をはぎとりもう一方の面に表合せしプレスにて三㎏/㎝3加圧で三分間加圧した後に引張試験機で測定するというものである。右試験はアルバム台紙とフィルムとの間の粘着力の試験ではないし、しかも厚紙の表層どおしを表合せし三㎏/㎝3という異常な高圧で三分間プレスすることにより故意に粘着力を作り出しているのであり、ためにする試験でしかない。また、被告は一時期厚紙の上下縁部に粘着力の小さい不乾性粘着剤を塗布し、台紙の上下縁部とフィルムとが常に密着している台紙を製造販売していたことがあつたが、右試験に供した台紙がイ号物件か右台紙か明確ではない。乙第一一号証についても、上下縁部が粘着剤の粘着力により台紙にフィルムが密着しているというのであれば指先の力によらない限りフィルムは剥離できないものをいうのであつて、反転したら極く軽いフィルムが自然に落下するというようなものを、粘着剤により密着させたというを得ないのである。

3 本件考案の登録請求の範囲は、単なる手段方法もしくは工程を記載したものではなく、厚紙の上下縁部を除いた中央部には普通の粘着力を有する不乾性粘着剤が塗布されており、上下縁部には粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤が塗布されているという特定の構造を記載したものである。

そして、本件考案出願前公知の技術、出願から登録に至るまでの経過、補正、及び公報の記載を総合すると、上下縁部に塗布されている「粘着力が小さい粘着剤」とは、粘着力の点において上下縁部を除いて塗布する粘着剤とは本質的に異なることが明確に表現されており、主成分、各種添加剤の種類、配合率がことなり本質的に粘着力が小さい別異の粘着剤か、或は同質の粘着剤増量剤を添加して粘着力の小さい別異の粘着剤としたもの(甲第三一号証)であつて、上下縁部を除いた中央部に塗布した不乾性接着剤を「薄めた」り(甲第八号証)、「弱めた」り(甲第一〇、一一号証)、或いは薄く塗つて「公知のことであり新規性も進歩性もない」粘着力が小さくなつたものをいうのではない。

4 実公昭五四―二七一号公報の権利は被告が本件考案より一週間後に出願したものであつて、綴込部にも粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布するほかは本件考案と同一である。

そして、この出願時の明細書には本件考案と同様に「……該厚紙の上下縁部と綴込部とに薄めた不乾性接着剤を全面に塗布して……」と記載していたが、特許庁より拒絶理由通知書を受け、本件考案の前記最終補正後にこの考案についても同様に補正して登録されるに至つたものである。

この考案の詳細な説明の項によると、「また従来より厚紙の上下縁部と綴込部にも高価な普通の不乾性粘着剤を塗布した台紙があるが……高価な普通の不乾性粘着剤を厚紙の上下縁部にも塗布するために台紙が高くなる欠点がある。同様に厚紙の綴込部にも高価な普通の不乾性粘着剤を塗布した台紙もそれだけ高くなる欠点がある。この考案は上記従来の台紙が有する欠点を解消し良好な品質の台紙を得ることを目的としたものである。」(第二欄三三行ないし第三欄九行)とし、この上下縁部と綴込部に塗布する小さい粘着力を有する不乾性粘着剤は、「高価な粘着力が大きい不乾性粘着剤に例えば粘着力を有しない増量剤を加えて粘着力が小さくて単価が安い不乾性粘着剤」であり、これを厚紙の綴込部と上下縁部に塗布したので、この考案の台紙は綴込部と上下縁部にも普通の粘着力が大きい不乾性粘着剤を塗布した従来の台紙より安価に造ることができる(第四欄二二ないし二八行)とその効果を記載している。

この考案は、前述のとおり被告が本件考案と同一時期に出願した関連の考案であり、補正、並びに登録も同じ頃になされたものであるから、両考案に共通する「粘着力が前記不乾性粘着剤の粘着力より小さい不乾性粘着剤」については、その意味・内容、構成、これを使用する目的、効果において同一であると考えるのが妥当である。

5 先使用について

原告の訴状の記載は、その記載からも明らかなように先使用による通常実施権の主張ではない。したがつて自白の撤回についての被告の主張は理由がない。

被告は、本件考案の技術的範囲に属するものを製造するか、アルバム台紙の上下縁部を余白部として本件考案の技術的範囲に属さないものを製造するかは、グラビアローラーとドクターローラーの間隔を調整することによつてできるものであり、原告の前記一号機で試運転に入つたとしても本件考案の実施又は実施の準備をしていたとはいえないと主張するが、右工法によるときは本件考案の実施品を得られないことは前記1で述べたとおりであり、被告の右主張は原告が指摘した誤つた見解によるものであり失当である。

また、原告は昭和四五年二月から右一号機を使用してイ号物件の生産に入り、このときからドクターローラーとグラビアローラー間には僅かな間隙をあけていたのであるから、被告の右試運転云々の主張は理由がない。

(反訴)

一  請求原因

1 被告は実用新案登録第一二八九〇九一号の実用新案権(本件実用新案権)を有している。

2 原告は昭和四六年ころかは別紙目録(三)の1、2の物件を業として製造販売している。

3 右目録(三)1のアルバム台紙は前記(本訴三1)のとおり本件実用新案権を浸害するものであり、右アルバム台紙からなる目録(三)2の物件も同様である。

4 原告は、目録(三)1、2の物件を製造販売することが本件実用新案権を侵害することを知り又は過失により知らないで右各物件を製造販売しており、昭和五三年七月一〇日から同五八年一一月三〇日までの間右製造販売により四六億六三〇〇万円の利益をあげており、右金額が被告の損害と推定される。

よつて、被告は原告に対し、右目録(三)1、2の物件の製造販売の差止及び廃棄を求めると共に、損害金の内金として三〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後で反訴状送達の日の翌日である昭和五九年一月一二日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。原告が製造販売しているのは別紙目録(一)(ただし、その一部を本訴請求原因3項のとおり訂正)記載のアルバム台紙である。

3 同3、4は争う。原告の製造販売しているアルバム台紙は本件実用新案権を侵害していない。

第三  証拠<省略>

理由

(本訴)

一請求原因1の事実(被告が本件実用新案権を有すること)は当事者間に争いがなく、右争いのない本件考案の「実用新案登録請求の範囲」の記載、成立に争いのない甲第一号証(本件考案の実用新案公報、以下「本件公報」という。別添実用新案公報に同じ)によれば、本件考案の構成要件は請求原因2(一)記載のとおり分説するのが相当であり、本件考案は同2(三)記載の作用効果を有することが是認される(この点は被告の認めるところである)。

二原告がイ号物件(ただしその構成、図面は除く)を業として製造販売していることは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、イ号物件の構成及び図面は別紙目録(一)記載のとおり表現するのが相当である。

もつとも、イ号物件の構成の説明として、別紙目録(一)の「台紙1の上下縁部2を除き台紙1の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し、その際上下縁部2にも同じ不乾性接着剤3が薄く付着し」の表現につき、原告は上下縁部については、そこには不乾性接着剤の塗布又は付着は何ら存しない意味合いを込めて、これを「余白部」と表現しているが前証拠によれば、右部分にも不乾性接着剤が付着しているものと認められ、右部分の接着剤が常にフィルムを密着状態に保持する効果を有するか否かは別として、そこに不乾性接着剤が全く付着していないわけではないから、その客観的な構成の説明としては別紙目録(一)記載のように表現するのが相当である。

一方被告はここを「上下縁部に粘着力が前記〔中央線状に塗布された〕不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤が塗布」されている旨表現しているが、右被告の表現は、強いて実用新案登録請求の範囲の文言に合わせたものであるが、被告がイ号物件の実体として捉えているところは、弁論の全趣旨によると右「粘着力が小さい不乾性粘着剤が塗布され」というのは、中央部に塗布された粘着剤とは別の粘着剤が塗布されていることを表現するものではなく、同一の粘着剤が中央線状部よりも薄く塗布されて「粘着力が(中央線状部よりも)小さくなつている」ことを表現しようとするものであることが明らかであり、そうであれば、「上下縁部にも同じ不乾性接着剤が薄く付着し」と表現しようとも、その不乾性接着剤が付着(塗布された結果の付着)している状態の表現においては異なるところはなく、別紙目録(一)記載の表現は被告が別紙目録(三)1で表現しようと意図するところと実質的に異なるものではない(なお、粘着剤と接着剤も同義語とみてよい)。

三  そこでイ号物件と本件考案を対比するに、まず、イ号物件の構成のうち「上下縁部2にも不乾性接着剤3が薄く付着し」の構成が構成要件(B)「該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布し」を充足するか否か検討する。

1  右構成要件(B)は「塗布し」と製造方法の表現になつているが、実用新案法のもとでは製造方法は考案の対象たりえないことを考えると、右記載は単に「塗布されている」という写真・スクラップ用台紙の特定の構造を記載したものと解すべきであり、したがつてまた、塗布された結果「付着している」ことと同義語と解するのが相当である。

2  まず、上下縁部に塗布される「粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤」についての本件公報(甲第一号証)の記載をみてみると、実用新案登録請求の範囲には「厚紙に厚紙の上下縁部を除いて不乾性粘着剤を塗布し、該厚紙の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤を塗布して」と記載し、

考案の詳細な説明には、

「この考案は厚紙の上下縁部に余白部を残して不乾性粘着剤を塗布し、この厚紙の上下縁部に前記不乾性粘着剤の粘着力より粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布して」

「この考案は上記従来の写真・スクラップ用台紙が有する欠点を解消することを目的とし、厚紙の上下縁部に粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布した点に特徴を有するものである」

「(図面の説明として)1は厚紙、2は厚紙1の上下縁部と綴部6を除いて線上に塗布した普通の粘着力を有する不乾性粘着剤、3は厚紙1の上下縁部に全面に塗布した粘着力が小さい不乾性粘着剤」

「厚紙1を加熱乾燥しても厚紙1の上下縁部には粘着力が小さい不乾性粘着剤3が塗布されているため」

「台紙は厚紙1の上下縁部に粘着力が小さい不乾性粘着剤3を塗布してあるので」

「この考案の台紙は上下縁部に粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布したので」

「この考案の台紙は台紙の上下縁部には粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布したので」と記載している。

してみると、厚紙の上下縁部と綴部6を除いた部分に塗布された粘着剤は2、上下縁部に塗布される粘着剤は3と表示し、前者を普通の粘着力を有する不乾性粘着剤、後者を粘着力が小さい不乾性粘着剤と表現し、また両者別々に塗布するものであり、両者は異なるものであることが認められる。

3  更に<証拠>によれば、本件考案の上下縁部の粘着剤についての出願審査経過は被告主張(三3)のとおりであると認められる。すなわち、

被告は本件考案の昭和四五年九月二一日付の実用新案登録願(甲第八号証)の実用新案登録請求の範囲で「厚紙の上下縁部を除いて不乾性接着剤を塗布し、該厚紙の上下縁部に薄めた不乾性接着剤または老化防止剤を入れた不乾性接着剤を塗布して」と記載し、

昭和四七年一一月二二日付手続補正書では原始明細書(甲第八号証)の詳細な説明中の「(老化防止剤を)入れた不乾性接着剤」を「(老化防止剤を)入れて普通の不乾性接着剤よりも接着力を弱めた不乾性接着剤」と補正し、

更に、昭和五〇年三月一九日付手続補正書では請求原因1記載の本件考案の実用新案登録請求の範囲に補正した。

してみると、原始明細書では上下縁部に塗布される粘着剤はそれ以外の部分に塗布される粘着剤を薄めたり、老化防止剤を入れたりして、上下縁部以外の部分に塗布される粘着剤とは異なる粘着剤として表現され、その後の補正でも同様であり、両者が同一のものであるとする記載はなく、これをうかがわせる記載もみあたらない。

4 以上のとおり、本件考案の上下縁部に塗布される不乾性粘着剤は、その他の部分に塗布される不乾性粘着剤とは異なるものであると認められる。

(右のことは次のことからもうかがわれる。すなわち、本件考案より後に出願された被告の実公昭五四―二七一号公報は、「厚紙の綴込部と上下縁部以外の厚紙に不乾性粘着剤を塗布し、該厚紙の綴込部と上下縁部とに粘着力が前記不乾性粘着剤の粘着力より小さい不乾性粘着剤を塗布して該厚紙の綴込部以外にフィルムを被覆してなる写真・スクラップ用台紙」を実用新案登録請求の範囲とする権利で、本件考案に「綴込部にも粘着力が小さい不乾性粘着剤を塗布する」構成を追加したものであるが、右請求の範囲中の「前記不乾性粘着力より小さい不乾性粘着剤」につき、詳細な説明中で、「またこの考案の台紙は高価な粘着力が大きい不乾性粘着剤に例えば粘着力を有しない増量剤を加えて粘着力が小さくて単価が安い不乾性粘着剤を厚紙の綴込部と上下縁部に塗布したので、この考案の台紙は綴込部と上下縁部にも普通の粘着力が大きい不乾性粘着剤を塗布した従来の台紙より安価に造ることができる」と記載し、前記不乾性粘着剤(厚紙中央部に塗布)とこの粘着力より小さい不乾性粘着剤(上下縁部と綴込部に塗布)とは異なることが認められ、右のことから、「前記不乾性粘着剤」、「粘着力が前記不乾性粘着剤より小さい不乾性粘着剤」と同様な言葉が使われた、同一人の出願である本件考案においても両者は異なることがうかがわれる。)

5 したがつて、上下縁部に他の部分と同一の不乾性接着剤が薄く付着しているイ号物件は、その余の点につき判断するまでもなく、両者が異なることを構成とする本件考案の構成要件(B)を充足せず、本件考案の技術的範囲に属さない。

被告は上下縁部に塗布される不乾性粘着剤は中央部に塗布されるそれと同一のものであることを妨げず、ただその粘着力が小さく塗布されていればよく、グラビアロールとドクターロールとの間隔の調整如何で上下縁部を余白部とすることも、中央線状部より粘着剤を薄く塗布することもでき、後者の場合は結果として粘着力が小さい粘着剤が塗布されたこととなり、イ号物件は後者の工法によつて製造されているし、その様な手段が実施例に開示されていると主張する。

しかし、本件考案の構成を充足する台紙の上下縁部の粘着力が中央部の粘着力より小さくなつているということは、本件考案の作用効果であつて、その様な作用効果を発揮せしめる構造は、前記中央部に塗布する粘着剤と上下縁部に塗布する粘着剤とを、後者を前者より粘着力の小さい別のものとしたものでもよく、被告主張の工法により同じ粘着剤を後者を前者より薄く塗布したものでもよい訳である。そうしてみると、実用新案権が構造に対して付与されるものであるからといつて、その対象たる構造を把握する視点を作用効果として現われた結果的に粘着力の差がある点に合わせることには無理があり、右粘着力の差を生ぜしめる物性的成り立ちに合わせるべきであつて、そうした場合、既述のように本件公報の記載上明確に別の粘着剤を塗布した構造のものを権利請求の範囲としたと読み取れる以上、被告の前記主張はとうてい採用できず、したがつてまた同一の粘着剤を用いる工法が実施例として開示されているとも解し難いのである。したがつて、被告がイ号物件も同一の接着剤をその工法によつて上下縁部には中央部よりも薄く(粘着力を小さく)塗布したものであると主張している以上(原告もそのことは敢えて争わない様であるが)、もはやイ号物件の上下縁部に薄く付着する接着剤が浸潤によるものか、積極的に薄く塗布されたものかどうか及び該部分の粘着力の有無などにつき審究する必要はない。またイ号物件を本件考案の技術的範囲に属するとする鑑定書は採用できない。

四以上のとおりとすれば、原告が業としてイ号物件を製造販売することは被告の本件実用新案権を侵害するものではない。しかし被告はこれが侵害にあたると主張して争つており(このことは弁論の全趣旨により明らかである)、原告には確認の利益がある。

五請求原因7の事実(原告、被告間の競争関係の存在)及び被告が通告書を出したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、被告は原告の取引先一〇社に対し、原告製造のアルバムの中に本件考案の技術的範囲に属する台紙を使用したものがあり、その販売の中止等を求める内容証明郵便を出したことが認められ、原告は当初からイ号物件を製造しており、右内容証明郵便中の台紙とはイ号物件を指すものと設められる。

そして、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属しないことは前述のとおりであるから、右内容証明郵便の記載内容中これを属するとする部分は虚偽であることになる。

六1  イ号物件は本件考案の技術的範囲に属さないことに弁論の全趣旨を総合すると、被告が前記内容証明郵便を出したのは少なくとも過失に基づくものと認められ、前記<証拠>の内容証明郵便は被告代理人の弁理士名義で出され被告が弁理士に相談したことが推認されるが、前記結論を左右するものではない。

したがつて、被告は原告が蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

2  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は日用紙製品、事務用紙製品及びアルバムの製造販売を事業内容とする資本金三四億円の東京、大阪両証券取引所の一部上場会社であり、昭和四三年ころ被告を含め四社からアルバム台紙を購入していたが、遅くとも昭和四六年ころからアルバム台紙(イ号物件)の製造をはじめ、「フエルアルバム」の商標のもとアルバム業界においては五五パーセントのシェアを占める周知、著名な会社であり、その信用は極めて高いものということができる。

(二) 被告は原紙、紙製品、アルバム台紙の製造販売を業とする会社であるが、原告に対し、昭和五八年八月四日付内容証明郵便で原告の製造販売するアルバム台紙の中に本件考案の技術的範囲に属するものがあり、その製造販売の中止を求めると共に販売数量価格等及び今後の措置の報告を求め、右につき回答がなければ法的措置をとる旨通告し、同日付で株式会社チェリー商事など原告製品の販売先一〇社(大手の仲買人)にも同様の内容証明を出した。

原告の方ではイ号物件は本件考案の技術的範囲に属さない旨回答し、被告から昭和五八年九月一日付内容証明郵便で第三者の意見を聞いて態度を決める旨返答がなされた。

なお、被告は株式会社チェリー商事及び小西六商事に対し、東京地方裁判所にイ号物件の販売差止等の仮処分を申請している。

(三) 被告の前記内容証明郵便により、原告は販売先からの問いあわせに答えたり、販売先に対し売りこみの際侵害品でないことの説明を要し、販売先のアルバム台紙の売上げも、昭和五八年度と同五九年度とを比較すると、株式会社チェリー商事で約一億円、小西六商事で約六〇〇〇万円落ちこんでおり、また、被告の右両社に対する東京地方裁判所の仮処分事件の訴訟費用等を原告の方で負担している。

(四) 原告の製造販売しているアルバム台紙(イ号物件)及びアルバムが本件実用新案権侵害の疑いをかけられていることは小売店にも知れ渡つている。

以上の各事情を総合すると、被告の内容証明郵便により原告の受けた信用失墜は極めて大きく、この損害を金銭で評価すると五〇〇万円は下らないものと認められる。

3 そして、被告は、原告及び販売先一〇社に内容証明郵便を出し原告の信用を極めて失墜せしめ、業界に原告が侵害品を取扱つているかのような印象を与えたこと、それに対し被告の方で原告の信用回復につき適切な措置をなしていないことに照らすと、被告がイ号物件につき本件実用新案権に基づき製造販売の差止請求権を有しないことを確認し、原告に五〇〇万円の金銭補償をなしたとしても、今なお原告が営業上の信用を回復する手段として、別紙目録(二)記載の内容の謝罪広告を請求の趣旨掲記の新聞に、掲記の態様で掲載する必要性が認められる。

(反訴)

七請求原因1の事実(被告が本件実用新案権を有すること)は当事者間に争いがない。

原告が業としてイ号物件を製造販売していること及びイ号物件が本件実用新案権を侵害しないことは前述のとおりである。

よつて、イ号物件が本件実用新案権を侵害することを前提とする被告の反訴請求は理由がない。

(結論)

八よつて、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(潮 久郎 紙浦健二 徳永幸藏)

目  録 (一)

二つ折りした台紙1の上下縁部2を除き台紙1の上面に不乾性接着剤3を線状に塗布し、その際上下縁部2にも同じ不乾性接着剤3が薄く付着し、該台紙1の上面に透明合成樹脂フィルム4を仮着して成る台紙の綴込み側の重合面に、綴込み部5に連設した連結紙6の端部を挿入し、前記二つ折りに折り重ねた台紙の重合面で挾持するよう接着剤7で同時に接着したアルバム台紙。

図面中8は綴孔を示す。

目  録 (二)

広  告

当社が昭和五八年八月初旬貴社並びに販売代理店の多数に対し貴社の製造販売するアルバム台紙が当社の有する実用新案権(登録第一二八九〇九一号写真・スクラップ用台紙)の技術的範囲に属するとして、その販売中止を求める通告書を送付いたしましたが、これは当社の全く誤つた判断によるものであつて、貴社のアルバム台紙は右実用新案権を侵害するものではありません。当社はここに前記通告書による意思表示を全て撤回するとともに、貴社の名誉・信用を害し、且つ貴社と販売代理店各位に多大の迷わくをおかけしましたことを謝罪します。

昭和  年  月  日

静岡県富士市比奈七六〇番地の一

春日製紙工業株式会社

代表者代表取締役 久保田元也

大阪市東区京橋三丁目六二番地の一

ナカバヤシ株式会社 御中

目  録 (三)

1厚紙(別紙図面符号1)に、厚紙に上下縁部を除いて不乾性粘着剤(同2)を塗布すること

該厚紙(同1)の上下縁部に粘着力が前記不乾性粘着剤(同2)より小さい不乾性粘着剤(同3)を塗布すること

該厚紙(同1)にフィルム(同4)を被覆すること

によつて出来た厚紙(同1)を二つ折りにして、その重合面に綴込部(同6)を連設した連結紙(同7)の端部を挿入し、接着剤(同5)により接着した写真・スクラップ用台紙。

2 右一記載の台紙を使用し製本したアルバム。

実用新案公報<省略>

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